都では見つけられなかった

 私は体調のいい日に村の女衆を集めた。

 

「もっと、上等の服の作り方を教えてあげるわ。桑の木も生えているし、養蚕はできるから。長丁場だけど、ついてきてね」

 

 この土地ではまだ絹糸を作る技術がなかった。私は糸を操る力を持っていたせいで、昔から絹糸には一家言あった。教えるにはちょうどよかった。

 本音を言えば、最初はいつ出会えるかもわからない七体の薬師仏を探す間の無聊(ぶりょう)を慰めるものぐらいの意味合いだった。これは私がしなければならない仕事でもないし。

 しかし、教えているうちに彼女たちの表情が明るくなっていくのに気づいた。

 ああ、これは知らないものを知るという喜びなのだなと思った。自分の幼い頃、こんな表情でいろんなことを人に聞いてまわって、みんなを困らせたはずだ。

 

 ここの人たちは愚かなわけじゃない。ただ、学ぶべき人が近くにいなかっただけなのだ。

「次はどうするのですか」

 回数を重ねるにつれて、教え子たちが我先にと質問してくるようになった。

 ひと月、ふた月と経つうちに、だんだんと私も乗り気になっていた。

 

 無論、養蚕は一朝一夕でできることではない。用意しないといけないものも多かった。でも、不幸中の幸いで私の病はすぐに癒える見込みはなかったから、長い授業には向いていた。

 授業の合間には、杉自や行基さんにも手伝ってもらって、子供に手習いを教えることになっていた。名僧に字を教わるというのは、なんとも贅沢なことだが、行基さんは昔から遍歴をしていたせいか、とても教え慣れていた。

 

 権太夫と大牛は郷の農作業で精を出す。ちょうどいい役割分担ができている。

 

「しかし、七体の薬師様のほうはどこにいらっしゃるのでしょうかねえ」

 郷の子供たちに裁縫を教える仕事を終えた杉自が、箱に針をしまいながら私に言った。

 最初に養蚕を教えようとしてから、何度か季節か移りめぐっていた。私の体も下総の気候にすっかりなじんでしまったようだ。

「少なくとも薬師様のほうから来てくださることはないでしょうね。一体の仏像ならともかく、七体では難しいわ」

 

 この萩原の郷にとても七仏薬師法を行えるような力はない。国衙もことさらこの土地を意識しているわけでもないようだ。官寺が建つ予定もない。

「私の病気は治せないけど、しょうがないわ。それよりも明日教える内容の予習で頭がいっぱいだし」

「あれ、そういえば」

 じっと、杉自が私の瞳を見つめていた。

「姫様、近頃、あまり痛いとおっしゃられませんね」

 

 私もはっと息を呑んだ。

 

「ごめん、少し探さないといけない人ができたわ」


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