それぞれの道
あくまでも私は帝の娘で、萩原の郷に別れを告げる日もやってきた。
ただ、私と向かい合う、郷の人たちの側に杉自と大牛はいた。今後もこの地に残って、郷でやれることをやるという。案外、宮中よりもここで暮らすことに生きがいを見出したのかもしれない。
「杉自、達者でね」
「むしろ、私は姫様のほうが心配です。高貴な身の上であればこそ降りかかる火の粉もありますので」
政変は数限りなく起きている。昨日まで高笑いしていた人間が獄につながれることすらおかしくない世だ。
でも、私は微笑みながら杉自の手を握った。
「私の糸は薬師如来につながっているわ。もちろん、あなたにも、みんなにもね」
だから怖いことなどないのだ。私は私として生きる。あなたがあなたとして生きるように。ただ、それだけ。
帰路の印旛沼は沼という言葉がしっくりと来るほどに穏やかだった。
「沼の龍神は機嫌がよいようですな」
そう行基さんがいかにも悟りきった晴れやかな顔で言った。
「ええ。ここの龍はもったいぶっているけど悪い奴じゃないのよ」
終わり